夜鳴きのワンちゃんへの睡眠薬の処方

院長の日記
スヤスヤ眠っている、うちのチョコちゃんです

ノアアニマルクリニックの前谷です。

以前に、うちの老犬チョコのブログを書いてましたので、診察の際に「先生のところのチョコちゃんはお元気ですか?」とお尋ねいただくことがあります。お気遣いどうもありがとうございます。

年齢不詳ですがかなりのおばあちゃんであるうちのチョコですが、変わらず元気にしております♪

血液検査するとあちこちが悪いんですが、腎臓用の缶詰と腎臓用ミルクを混ぜてドロドロに介護食のようにしたら、食べ方が下手ですがしっかりと食べてくれます。

この旺盛な食欲に支えられてるんでしょうね。

そのブログの中で、夜鳴きに対しては新しい薬を飲ませてるんですよと書いておりました。

ブログをご覧になって、ご相談にお越しになる方も増えてきましたし、つい先日は奈良県にお住まいの柴犬の飼い主さんから「藁をもすがる思いでお電話しました。薬について教えて欲しい」とお電話をいただきました。

やはり皆さん、とっても困ってらっしゃるんだなぁと実感します、、、私もそうだったので気持ちがよく分かります。

お困りの方がたくさんいらっしゃるので、少しでもお役に立てればとも思いましたし、私の備忘録もかねて今回のブログはその新しい睡眠薬について書きたいと思います。今回は長い読み物になってますので、ご興味がある方だけお読みくださいね。

 

日本人研究者の発見により生まれた新しい睡眠薬

うちのチョコに飲ませている睡眠薬は、ベルソムラ錠(スボレキサント)というお薬です。

人間の方でも、体に負担が少ない新しい睡眠薬として処方されることが増えている薬でして、この薬の良い点は、『無理やり眠らせる』薬ではないというところですね。

前置きになりますが、「眠りのホルモン」とも呼ばれるメラトニンという名前は聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。夜になると分泌されて、朝起きて日の光を浴びると分泌が止まるという、「眠りに関わる生理物質」です。海外だと睡眠改善のサプリメントとして販売もされています。

実は、その反対の働きをする物質「オレキシン」が、日本人研究者・筑波大学教授の柳沢正史さんによって発見されました。その重要な発見により、柳沢教授は次のノーベル賞候補と注目されております。

オレキシンという生理物質は、メラトニンと逆の作用をする「覚醒に関わる生理物質」です。例えば、翌日に楽しみなイベントがあったりして気持ちが高ぶった際にはなかなか眠れなくなったりしますよね。こういう時にはオレキシンの分泌が盛んになってるんだそうです。

この覚醒に関わる物質「オレキシン」の働きを弱めて、自然に眠たくなる状態にしようという薬が、今回ご紹介したスボレキサント(ベルソムラ錠)なんですね。

 

ベルソムラ錠とこれまでの睡眠薬との違いは?

これまで睡眠薬として私どもが処方をしていた薬は、いわゆる『鎮静剤』と言われる薬です。

ベンゾジアゼピン系などの鎮静剤は、脳の働きを低下させて、無理やり眠らせようとする薬になります。

筋肉をゆるめる作用もあるのでフラフラと足がふらついて転倒したり、内臓機能が落ちている際には慎重投与が必要だったり、さらには実は認知症の悪化にもつながるんじゃないかというような説もあるのですが、飼い主さんのQOL改善のためには仕方ないかなとお出しして来ました。。。

人の方でもこの手の鎮静剤は、依存性(服用しないといられなくなる)や耐性(だんだん効果が弱くなる)、また反跳性不眠(薬を中止した際に不眠症が悪化する)を起こすことが問題となっております。

また、「せん妄(せんもう)」と言うのですが、脳の働きが不安定になり意識障害が起き、夜中に急に興奮状態になったり情緒不安定になったりするなどの精神異常も、こういった薬の影響で起こりやすくなると言われています。

そこで登場したのが、睡眠と覚醒のリズムに働きかけ、自然な眠りを促そうとするスボレキサント「ベルソムラ錠」です。

上記のような筋弛緩作用もありませんのでふらつきも生じにくいですし、自然な眠りを誘発する薬ですから内臓への影響も少なく安全な睡眠薬と言えますね。

また、依存性や反跳性不眠がほとんどない薬で、人の方でも他の睡眠薬のような処方日数の制限が設けられていない薬なのです。

せん妄に関しても、一部研究ではせん妄を予防する効果があるとも言われておりますし、さらには認知症を悪化させるリスクも少ないと考えられております。

(※補足: ちょっとマニアックな話をすると、人のアルツハイマー型認知症や犬の認知症も同様なのですが、脳内でアミロイドβという蛋白が作られたり、タウ蛋白というものがリン酸化を起こすことで脳内にそれらのゴミがたまって、認知症につながることが分かっております。

これらの脳内のゴミが出来る原因に、睡眠の質が深く関わっていると言われており、ベルソムラ錠を服用すると、このような脳内のゴミが出来るのを抑えたよという研究報告がありますので、認知症の予防になる!とまでは言えないものの、少なくとも認知症を悪化させることはないと言えるデータが出てるんですね。)

鎮静剤と比較すると、良いことづくめなお薬なのが分かっていただけたのではないかと思います。

 

実際にワンちゃんではどのくらい効果があるの?

新しい薬なので、使用報告自体がとても少ないのですが、とある日本の動物病院が150頭以上での使用報告をまとめて発表しているデータがあります。

その報告によると、夜鳴きが完全になくなったワンちゃんが68%、一部改善を認めたワンちゃんが28%で、まったく効果が認められなかったケースはたったの4%(一部改善したケースも含めると改善率はなんと96%)だったのこと。

効かなかった4%のワンちゃんは、認知症の程度がより重度であったと報告されていますので、ある程度早期の段階の方が効いてくれる可能性が高いのかもしれません。

また、副作用が出たのは1頭だけ(飲ませて30分後に興奮したがその後眠ってくれた)で、重篤な副作用は1頭もなかったそうです。

私もたくさんの患者さんに処方してきましたが、私の感覚的にも90%くらいのワンちゃんで何らかの改善効果がある印象ですね。副作用を認めたケースは1頭もいませんでした。

しかしながら、効果がまったく認められないワンちゃんも一定数いるので、そこが今後の課題でしょうか。(他の薬を組み合わせてみたりと色々と試みているところではありますが。。。)

続けて飲んでも大丈夫?

どのくらい続けて飲ませていいの?というのが皆さんご心配かと思いますが、人の方でも処方日数に制限がない薬ですし、作用の仕方から考えても負担が少なく安全性が高い薬と言えます。

うちのチョコも、最初に2週間飲ませてよく効いたのですが、薬を中止するとまた夜鳴きが始まったので、結局そこから約8ヶ月間毎晩飲ませております。。。

うちの子で、長く飲ませての安全性は実証済みというわけですね。

余談ですがうちのチョコは、時々異常に興奮している時があって、抱っこしてもバタバタして落ち着かないし、忙しく歩き回って倒れてはワンワン鳴いたりする異常行動を起こすことがあります。(普段はとてもおとなしく、ただグルグルとプールの中を徘徊しているだけで、抱っこすると大人しくなるのですが)

これがおそらく「せん妄」にあたるのだと私は考えておりますが、せん妄の原因は様々で、高齢でかつ脱水症状や腎臓の病気などがあると起こりやすいとも言われますので、うちの子がこのような状態になった際には、点滴をしてあげるようにするとその後落ち着くことが多いですね。

じゃあこうなった際には、ベルソムラ錠を飲ませてもなかなか眠ってはくれません。しかし、この薬にはせん妄を予防する効果があると言われてますので、毎晩服用してた方がこのような異常を起こす頻度が減るのかなと考えてます。

さらに、先に述べたように人の研究においては、「ベルソムラ錠を飲んだ人では、認知症につながる脳内のゴミが生じるのを減らせた」という研究結果もありますので、毎日飲ませていると認知症が進むのも抑えてくれないかなぁ…という私の願望もあって飲ませ続けているわけです。

 

夜鳴きはワンちゃんだけではなく、飼い主さんも大変疲弊してしまったり、日常生活に支障も出る大きな困りごとの一つです。

困ってらっしゃる方がたくさんいるんだなぁと実感し、このブログがお役に立てればと思い長々と書いてきましたが、お困りの方はぜひ一度ご相談にお越しくださいね。

うちに来てすぐの2年前のチョコです。毛もフサフサで頭も上がってますね。
最近のチョコです。毛も少なくなりすっかりおばあちゃんの顔つきになりましたが、とても元気ですよ!

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